北海道日高管内の7町の町名の由来

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北海道はもともとアイヌ民族が暮らしていたため、市町村名はアイヌ語に由来している名前が多数を占めます。アイヌ語地名については解釈が難しく、諸説あるものが多く存在しています。その中でも、ここでは各市町村の見解を尊重し、各市町村公式サイトから引用するようにしています。市町村の公式サイト内にある概要や、資料のPDFなどもチェックしました。また、市町村の公式サイトに見当たらない場合は北海道庁のサイトなどを参考に、個人的見解も含めながら探っています。引用元に関しては()にて表示しています。

日高振興局

振興局所在地は浦河町で、振興局所在地は『市』ではありません。また、管内に『市』を持たない振興局となっています。1869年に北海道開拓使が設置されたとき、この辺りは日高国とされました。1897年に北海道庁が郡区役所を廃止し支庁制度を設けた際、浦河支庁となりましたが、1874年に廃止され、本庁直轄行政となりました。1882年には開拓使が廃止となり、札幌・函館・根室の三県が置かれ日高は札幌県に所属します。1886年、3県を廃止し、北海道庁が設置され、1897年に浦川支庁が設置されました。1922年日高支庁に改称し、2010年に日高支庁が廃止され、日高振興局が発足しました。
日高地方は日本有数の馬の産地で、多くの名馬を産みだしています

日高町

2006年に、(旧)日高町と門別町の2町が合併して現在の「日高町」となりました。名前の由来については見当たりませんでした。アイヌ語由来ではないようです。

日高町は2006年(旧)日高町と門別町の合併により誕生しました。日高町は、1943年右左府村から、日高山脈の山麓にある地形にちなみ、日高村と町名変更され、昭和37年に町制施行により「日高町」となりました。一方、門別町は1909年二級町村制施行により、門別村となり昭和27年に町制施行により「門別町」となりました。間に平取町を挟んだ「飛び地」になっており、北側が日高地区、南側が門別地区となっています。

平取町

町名の平取(びらとり)は、アイヌ語「ピラ・ウトル」(崖の間を意味)から出たもの。(平取町公式サイト「平取町の概要・歴史~町の歴史」より)

明治32年、平取外八ヶ村戸長役場が設置、これが平取町の始まりです。大正12年二級町村制が施行、平取村と改称され、昭和29年、町制施行により、平取村は平取町となりました。

平取町には二風谷アイヌ博物館があり、そこには二風谷コタンというアイヌの生活を忠実に再現した集落もあります。平取町は、アイヌ文化を学ぶには欠かせない地域と言えるでしょう。

新冠町

この地は、はじめ「ピポク」(岩の陰)の名で呼ばれていましたが、文化6年「ニカプ」に改 められ、これに「新冠」の文字を当てて地名となりました。  この地に住むアイヌが「ニカプ」(楡の皮)で作った着物を着ていて、その色が茶褐色を帯び た特有のものであったからだといわれています。(新冠町公式サイト「町勢要覧~町勢要覧(写真編)第6次総合計画(PDF)より)

明治14年、新冠郡高江村外10ケ村戸町役場が置かれ、大正12年に新冠村と改称、昭和36年に町制が施行され、新冠町となりました。

「レコード」を全国から寄贈を受け、レコードな街として歩みを進めています。また、サラブレットの産地としても知られ、たくさんの名馬がここから誕生しています。

浦河町

「うらかわ」という地名は、アイヌ語の「ウララペツ」(霧深き川の意味)から転訛したとも伝えられ、江戸時代に松前藩が幕府に献上した『元禄御国絵図』にもすでに「浦川」として記されています。(浦河町公式サイト「沿革」より)

明治35年、2級町村制施行により、浦河町外3か村組合となり、浦河に組合役場を設けました。大正4年には、1級町村制施行により、浦河町となりました。

サラブレットの長寿日本一になったシンザンが浦河町で生まれ、天寿を全うするなど、日本有数の競走馬生産地で、多くの競馬関連施設があります。

新日高町

『新ひだか町』は、平成18年3月31日にそれまでの「静内町」と「三石町」が合併して新たに誕生した町です。(新日高町公式サイト「新ひだか町について」より)

新ひだか町の町名の由来について詳しいことはわかりませんが、合併の際候補をいくつか挙げて、その中から決まったようです。
三石町は、明治39年二級町村制施行、三石村となり、昭和13年一級町村制施行、昭和26年町制施行により三石町となりました。静内町は、明治42年二級町村制施行、静内村となり、大正13年一級町村制施行、昭和6年町制施行により静内町となりました。その後両町は平成18年に合併して新たに新ひだか町となりました。

みついし昆布は別名日高昆布ともいいます。実際はみついし昆布の中で、日高産の昆布を日高昆布と呼ぶそうですが、日高昆布のほうが馴染みがあるかもしれません。いずれにせよ、その産地が旧三石町です。
また、北海道最大の桜並木ともいわれる「二十間道路」は旧静内町にあります。

様似町

様似町名の由来はアイヌ語の「サンマウニ」(朽ち木のある所の意)から出たものと言われています。(様似町公式サイト「町の概要~様似町」より)

様似の開基は、1802年蝦夷奉公の管下となった年と定めています。1880年(明治13年)に戸長役場が開設され、1906年(明治39年)の二級町村制施行により八箇ヶ所を大字として様似村が誕生し、1952年、開基150年の年に町制を施行し、様似町となりました。

2008年、アポイ岳を含む様似町全域が、貴重な自然が評価され、日本ジオパークに認定されました。

えりも町

アイヌ語で「エンルム」、突き出た頭の意味です。これが転訛して「エリモ」になったと考えられています。(えりも町公式サイト「まち・えりも町~町名の由来」より)

1880年、幌泉郡9か所に5戸長役場が置かれ、この年がえりも町の開基の年となっています。1906年、二級町村制の施行で、幌泉村となり、1959年、町制を施行し「幌泉町」になりました。1970年、町名を幌泉町から「えりも町」となり、現在に至ります。

北海道に風の強い場所はたくさんありますが、ここは別格。公式サイトによると「襟裳岬は風速10メートル以上の風の吹く日が、年間260日以上もある」ということです。

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