北海道はもともとアイヌ民族が暮らしていたため、市町村名はアイヌ語に由来している名前が多数を占めます。アイヌ語地名については解釈が難しく、諸説あるものが多く存在しています。その中でも、ここでは各市町村の公式サイトから引用するようにしています。市町村の公式サイト内にある概要や、資料のPDFなどをチェックしてみました。引用元に関しては()にて表示しています。
石狩振興局
札幌市
札幌の名の語源については、アイヌ語の「サリ・ポロ・ペッ」(その葦原が・広大な・川)とする説と「サッ・ポロ・ペッ」(乾いた・大きな・川)とする説などがあります。 (札幌市公式サイト「札幌市のあらまし」より)
大きな川は石狩川支流の豊平川でしょうか。ちなみに豊平川もアイヌ語由来でトゥイェピラ(潰崖~がけが崩れたところ)というのが語源のようです。
江別市
アイヌ語の「ユベオツ」(サメのいる川)、「イ・プッ」(大事な場所への入口)などがまちの名の由来とされる江別市は、古くからこの地を生活の場としていたアイヌの人々、今日の礎を築いてきた屯田兵や北越殖民社の人々などによって形作られてきました。(江別市公式サイト「えべつまちづくり未来構想」より)
公式サイトで由来を調べたところ「えべつまちづくり未来構想」のPDFファイルが見つかり、その中の歴史のページで上記の文章が出てきました。
千歳市
千歳地方一帯を指す「シコツ」(アイヌ語で大きな凹地)という地名が文献に最初に現れるのは万治3 (1660) 年の 『福山秘府』 といわれます。 その後シャクシャインの戦いや将軍や大名が珍重したタカの捕獲地についての記述に「志古津」(シコツ)が登場します。
この一帯にはアイヌと和人がサケなどの産物を交易する場として十六の場所(シコツ十六場所)があり、江戸時代後期にはユウフツ場所に編入され千歳川会所が置かれました。
会所名になった千歳川の旧名はシコツ川ですが、当時、ユウフツ場所を担当していた箱館奉行調役並 山田鯉兵衛嘉充が、シコツという音の響きが悪いので新しい川の名を付けてほしいと初代箱館奉行の羽太正養に願い出ました。そこで羽太は、シコツの地に多くの鶴が生息していたことから「鶴は千年、亀は万年」の故事にちなんでシコツ川を千歳川に改名しました。文化2(1805)年のことでした。これが「千歳」という地名の原点になりました。( 北海道千歳市公式サイト「歴史散歩ちとせ」より)
千歳市自体は和名ですが、千歳の由来については千歳川の千歳から来たもので、その千歳川の旧名がアイヌ語由来のシコツ(大きい・窪み)川でした。シコツという音の響きが悪いというのは、死骨に通じるということだったのでしょう。今は支笏湖で「シコツ」というアイヌ語が使われています。
恵庭市
アイヌ語の「エエンイワ」 (現在の恵庭岳を指し、鋭くとがった山という意)から転訛されてきたと言われています。 (恵庭市公式サイト「恵庭市の概要」より)
ちなみに恵庭岳は標高1,320mの活火山です。落石の恐れがあるため第2見晴台から先には立ち入ることができません。
石狩市
市名の「石狩」は、市を流れる石狩川からできた名前で、先住民であるアイヌ民族の言葉で石狩川を指す「イシカラペツ」に由来しています。その意味は「曲がりくねって流れる川」また「神様がつくった美しい川」と言われています。(石狩市公式サイト「石狩市の概要」より)
石狩市は石狩川河口に位置しますから、市名もそこから来るのは必然のような気がします。ただ、アイヌ語の意味については諸説あるようです。
北広島市
明治17年(1884年)、広島県段原村(現在の広島県広島市南区段原)出身の 和田郁次郎は広島県人25戸103人とともに野幌原野に移り住みました。
郁次郎は農民たちに平等に土地を与えたため、移住者は次第に増え、明治26年(1893年)には380戸1,200人余りの大きな集落になり、米の生産量は北海道一を記録しました。
これらの功績を讃え、当時の北海道庁長官は「和田村」と名付けるよう提案しましたが、郁次郎は「皆で開拓したので」と固辞。仲間たちの故郷にちなみ「廣島村」と名付けたのです。
たゆまぬ努力でまちと人をリードした精神は、北広島が掲げる「交流」のまちづくりにつながっています。(北広島市公式サイト「北広島市の歴史」より)
北広島市は移住者の故郷にちなんだ和名で、1996年の市制施行の際、広島県広島市と混同することを避けるため、「北広島市」となったことも書き添えておきます。
当別町
当別はアイヌ語「トウペツ」(沼から来る川の意)からでたもの。 (当別町公式サイト「町のプロフィール」より)
今は無くなっていますが、昔は沼が並んでいたそうです。
新篠津村
新篠津村は、明治29年、篠津村(現:江別市篠津)から分村したことから名付けられました。
なお、篠津はアイヌ語で、「本流が同じ深さで、ゆるやかに流れる(シ・ヌッチ)」、「大きな原野が沼(のような)(シ・ノ・ト)」等の意味のようです。( 新篠津村公式サイト「村長室へようこそ」より)
新篠津ということは篠津という地名もあるはず、とは思っていましたが、江別市篠津から分村したことは知りませんでした。
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